Field Guide
                         くりんとのフィールドノート

           
   
 大塔惣谷狂言(奈良県指定無形文化財)
惣谷に伝わる狂言面(鬼・栃財/狐・桐材)

 合併後、五條市になったとは言え、未だ「大塔村の惣谷」という方が通りがよい。国道168号線を十津川方面へ走る途上、天辻峠が旧大塔村の入り口で、「夢の湯」という粋なネーミングの温泉に気づいた頃には、すでに村の出口で ある。この「夢の湯」の手前を舟ノ川沿いに東に折れ、さらに20分車を走らせると惣谷 (そうたに)集落がある。その奥の篠原集落同様、歴史的には山一つ越えた天川村との結びつきが強く、木地師の村としての起源がある。近年は、林業に従事する人も多かったが、やはり過疎化の波はこの集落も例外ではない。
 さてこの村には、奈良県指定無形文化財の惣谷狂言が伝わり、毎年1月25日、天神社に奉納される。とは言うものの、人気狂言師が演じているような雅やかな狂言ではない。なんでも風流踊りの間に行われてきた狂言だそうで、後に歌舞伎狂言に展開していくその直前の形が伝わる芸能だそうだ。その風流踊りの方は、隣村の篠原の方に残っている。一説によると室町末〜江戸時代初めに、天川の方から舟ノ川地域に伝播したようだ。天川村坪内にある天河大辨財天社は芸能の神様として名高く、立派な能舞台があって今も名立たる能楽師による奉納能が行われる。そこからひと山越えたところが篠原や惣谷であり、この地に狂言が残ることと無縁ではないだろう。しかし、そうした芸能も時代の波とともに途絶え、大正天皇御大典祝賀に演じられたのが最後だったという。しかし、昭和32年頃、惣谷狂言復活の機運が持ち上がり、口伝えであった台本も辻本可也氏によって8曲が筆録され、絶滅寸前のところで復活した。

  現在、「鬼・狐」の2面の狂言面と共に、以下の8曲の台本が伝わっている。
  ○ 万歳      ○ 鳥刺狂言     ○ 鐘引き狂言   ○ 鬼狂言
  ○ 狐釣狂言   ○ かな法師狂言   ○ 壺負狂言    ○ 舟こぎ狂言

 その舞台となるのは、集落の外れにある天神社の境内。最初に、ご神体がおさめられている祠の戸を開けお酒や野菜などを奉納する神事が執り行われる。その後、惣谷狂言保存会によって、祠に対面する舞台で狂言が1〜2曲奉納される。最後に、餅撒きが行われて終了となる。
 最近は、50〜70代のほぼ固定した5名前後で狂言が演じられている。また、お囃子や神事のきりもりなど、女性陣も陰日向となってサポートされている。惣谷には顔見知りの方も多く、私の知る人は概ね穏やかで楽しそうな雰囲気の人柄に満ちている。小さい頃から、この狂言に慣れ親しんで育ったことも一因だろうか。
 こうした山村の芸能や餅撒きなど、年々姿を消しつつあるが、町の喧噪とは離れたこの場所で、ひと時の娯楽に興じていると、昭和或いは毎時・大正期にタイムスリップしたような錯覚を覚える。雪の多い季節、ノーマルタイヤの車を走らせるとなると天候運にも左右されるが、「また来てや」と餅花をお土産にいただいた。


『かな法師狂言』


『万歳』

『狐釣狂言』

 ↑クリックすると『狐釣』の動画(mp4)を視聴できます。
 
 
   

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