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やまとの花手帖

 
         
         

猛毒のカワチブシで生き抜くルリヒラタヒメハムシ 

キンポウゲ科トリカブト属

大台ケ原(2007.8.20.)

 大台ヶ原では、ブナやカエデの紅葉シーズンともなると、駐車場からあふれた車がドライブウェイ沿いに並びたいへんな賑わいである。実は、私も長く紅葉期の大台しか知らなかったが、気まぐれに訪れたある年の9月、これまで見たこともない艶姿の花に出くわした。そして、それがあの猛毒のトリカブトの仲間であることを知り、二重の驚きとなる。ここ大台のトリカブトは、金剛山(河内と大和の国境)で最初に確認されたことからその名のつく「カワチブシ」 、またの名を「オオダイブシ」と言う。
 沢沿いや湿地が好きなカワチブシは、8月下旬ともなると、気の早いものから青紫色の花を咲かせ始める。そして、マルハナバチの仲間が花から花へと忙しくとびまわ り始める。このマルハナバチと共に進化したのがトリカブトの花弁だ。その名の通り雅楽の衣装である鳥兜・烏帽子の形に似ているが、私は古代ギリシャ・ローマあたりの西洋兜の方をイメージする。蜜腺は上萼片の一番奥の距にあり、そこにもぐりこんだマルハナバチを2枚の側萼片 がしっかりと抱擁する構造だ。それによってマルハナバチを雄しべと雌しべに効率よく接触させ、ポリネータ―の役割を担わせる。このようにヤマトリカブト の仲間は、マルハナバチとの1対1という関係に特殊化し、放射相称型から左右相称型へ、また平面的な花から立体的な花へと進化したと考えられる。
 さて、気になる毒性の方だが、全草が有毒で特に根の部分が強い。記紀にも、神武天皇の兄・五瀬命や日本武尊がこの毒にやられたと記され、アイヌもこの毒を狩猟に使うことがよく知られている。塊根は乾燥させて「附子(ぶす・ぶし)」「烏頭(うず)」などと呼ばれており 、漢方薬として利用される。「一休さん」の話にも、もらった砂糖を舐められないために、和尚さんが砂糖の入った入れ物に「「附子」と書いておいたというくだりが出てくる。
 主な毒成分はアコニチン系アルカロイド(アコニチン・メサコニチン・ヒパコニチンなど)。食後10〜20以内に発症するとされ、口唇や舌のしびれに始まり、次第に手足のしびれ、嘔吐、腹痛、下痢、不整脈、血圧低下などをおこし、けいれん、呼吸不全(呼吸中枢麻痺)に至って死亡することもある らしい。致死量はアコニチン2〜6mg(耳かき1杯で0.1〜0.2g)。厚生労働省発表によると、全国で毎年数件の中毒事故が発生している。
 厄介なことに、未だこの毒の解毒剤が開発されていないと知る。しかし、自然界にはこの毒を克服した昆虫がいて、他の生物との競合を避けトリカブトの葉を独占的に食 しているのだ。その名は「ルリヒラタヒメハムシ」(ハムシ科)。山野でカワチブシと出会った折には、この人智もかなわない 能力を身につけた昆虫にも目を向けてみよう。

 8〜10月
 本(関東〜近畿地方の太平洋側)