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1990年11月、奈良県五條市で岡林信康氏の「エンヤトットで行きまSHOW!」ライブが開かれた。
彼がベア・ナックルツアーを再開し、その後、日本のリズムをベースにしたエンヤトット・ミュージックを展開し始めた時である。
岡林氏が提唱するエンヤトット・ミュージックとは?
「ロックをいくら追及しても、しょせん西洋のコピーに過ぎない。かと言って、民謡や端唄・小唄・長唄をやっても、単なる伝統芸の保存・継承に終わってしまう。今や世界的に認知されている“レゲエ”というジャンルも、実は、ジャマイカの民俗音楽に西洋のロックのリズムが融合されて出来上がった。我々日本人も、“日本のレゲエ”を創造してみようではないか。」
確かこんな話を置き土産にしていったと解釈している。
このライブを主催する一方、エンヤトット・ミュージックの洗礼を受けた
同志たちは、「エンヤトット一座」というバンドを結成。
岡林氏が蒔いた種を大和(奈良県)の地でも花咲かせんと、「エンヤトット一座」の面々は、ギターや太鼓を手にし始めた。
当初は「和」を強く意識して、和太鼓や三味線などを用いて音楽作りを行っていたが、「日本のリズム」や「大和の心」を奏でるに楽器の和洋は問わないはずと、ドラムや電気楽器
を取り入れロック・バンドのスタイルに進化を遂げた。
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