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紀伊半島のツキノワグマ

2011.11.10.AM7:49伯母峰付近(撮影:Yukihiro Ishimaru

【日本のツキノワグマ】
 ツキノワグマは、本州および四国に分布している森林性の大型哺乳類である。近年、ツキノワグマによる農作物の被害や人的被害が報道を賑わしているが、東日本と西日本では少し事情が異なる。東日本では、ツキノワグマは連続的に分布しているものの、西日本ではいくつかの地域に孤立している。そのため、西日本の孤立個体群は、環境省レッドデータブックにおいて、絶滅のおそれのある地域個体群に指定されている。
 森林総合研究所がツキノワグマの遺伝的な特徴をDNAから解析したところ、日本には大きく3つの系統(遺伝グループ)が存在することがわかった。1つめは東北地方〜琵琶湖(東日本グループ)、2つめは琵琶湖〜西中国(西日本グループ)に分布し、琵琶湖を境に東西に2分されている。そして、3つ目は紀伊半島と四国のグループ(南日本グループ)である。このように、日本のツキノワグマは今から30〜50万年前に大陸から渡ってきた後、日本国内で3つの遺伝グループに分化したと考えられている。
 さて、南日本グループと西日本グループでは孤立・小集団化をなし、遺伝的多様性が低下していることが明らかになった。これは、近年の森林の開発や、広葉樹林が針葉樹を中心とした人工林に置き換わったことにより、ツキノワグマの分布が寸断され、個体群が小さく孤立化したと考えられている。一方、東日本グループは、数十万年スケールの気候変動によって森林植生の変遷が進み、遺伝的多様性が維持されていると思われる。
 したがって、紀伊半島のツキノワグマは地域固有種として貴重であり、(奈良県の場合)万が一里近くでの捕獲ということになれば、唐辛子スプレーなどで学習を施した後、奥山放獣という処置をとっている。近年は、五條市西吉野町の柿畑に出没する例も多い。
◇引用文献:独立行政法人森林総合研究所「ツキノワグマの遺伝的特徴は西と東とでは大きく違う」(H21.8.31.)

【大台のツキノワグマ】
 2011年は、ドライブウェイ途上の伯母峰ゲート付近や小処(こどころ)温泉へ下る分岐付近(辻堂)で、親子連れが目撃されている。近年、東大台でも目撃された例が何度かあるが、幸い人身事故には至っていない。登山道が整備されていて、クマにとっても人との境界がわかりやすく、出会い頭というアクシデントが起こりにくいからかもしれない。
 私が最初に、大台ヶ原のツキノワグマの痕跡に遭遇したのは、2006年10月。紅葉を楽しむため西大台を歩いていると、大台教会から数百メートルのところで、ミズナラの枝が何本も落ち登山道をふさいでいた。枝は強い力によってへし折られたという感じで、青葉が残っており、ここ両日中に落とされたと判断できる。すぐ近くのミズナラの木の裏側に回ってみると、樹皮には爪跡が何ヶ所もみられ、幹によじ登ってどんぐりを漁ったようだ。木の下にはどんぐりの殻が無数に散乱、器用に中身だけ食べたことが分かる。そんなに美味しいものかと、拾ったミズナラの実を口に入れてみたが、エグミやアクが強すぎて、喉を通すことができなかった。クマとは味覚はどうなっているのだろう。しかし、その中にもやんわりと甘みがあったので、アク抜きをすれば十分人の食となりうる。その後、ナゴヤ谷まで下ったが、マの爪跡のついたミズナラの木が何本も見つかり、強い獣臭も感じとれた。
 2018年7月には、ドライブウェイの標識96−97付近でついに目撃した。このあたりを大台カルデラの痕跡を示す露頭があるということで岩石調査をしていたところ、谷側から黒い物体がゆっさゆっさと道路を横切って法面を上っていった。数秒後に子熊だと気づき、カメラを取り出して後を追いかけたがもはや後姿も捕らえることができなかった。少し冷静になって、周辺には親熊がいるかもしれないと思い、しばらく車内で待機したが何も現れなかった。


ミズナラの老木は樹皮が柔らかく爪跡がくっきりとつく。

登山道に落とされた枝。青い葉のついた枝はこの両日中のものか。

散乱していたどんぐりの殻とミズナラの実。クマの好物。

よじ上った足跡も発見!
 
西大台で見つけた糞(2018年)   東大台大蛇ー付近(2021年)