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大台ケ原の歴史的産業遺構1 〜トロッコ道跡〜

シオカラ谷上流の大台林業関連の敷地跡(写真7)

【四日市製紙(大台林業)による伐採事業】
 1910(明治43)年に、大台ヶ原の山頂周辺が四日市製紙に売却された。四日市製紙は大台林業株式会社を設立し、運材設備、諸般の付帯施設を整えて1916(大正5)年から本格的に搬出出荷を開始したという。四日市製紙は「ヒノキ二尺廻り以上八尺廻りまで約十万本、中ノ谷周辺に、トチ・ブナ・カエデ類幾十万本...」(※1)と見積もり、「15万円以内の買収であれば、原料材と桧の伐採により償却が可能とし、伐採の後には二代目の木々の生長により20年後には伐採が可能で又収益が得られる」(※2)と採算を見込んだ。
 1917(大正6)年の一部保安林指定のため、伐採が規制されたものの有名無実であった。1921(大正10)年を過ぎると木材不況となり、1925(大正14)年、木材市況の低落によりついに不採算に耐えかねて事業中止に至ったと記録されている。(※2)
 この間、ヒノキを中心に約200haにわたって伐採された。この痕跡は、中道周辺に見られる大きな切り株が物語っているが、伐採跡はここだけでない。大台林業株式会社は、広範囲にわたってトロッコ道を施設しており、さらには大規模な製材所を建設、外国製の曳揚機も使って木材を運んでいたと思われる。こうした歴史的産業遺構の痕跡を、大台ヶ原パークボランティアの会で調査してみた。調査結果は、以下の表の通りである。

場所 確認できる状況 一般の通行
西大台 七ツ池〜中ノ谷間

○登山道とトロッコ道跡が交差する。トロッコ道跡は幅2〜3mで平坦に削られている。(※写真1)


西大台は利用調整地区のため、事前の入山手続きが必要です。

(反時計回りで)
逆川の赤い吊り橋を渡り急坂を登り切ったところ〜中ノ谷木橋

○上記で見られたトロッコ道跡が南下して(左手から)登山道と合流し(※写真2)、そこからほぼ等高線に沿って中ノ谷の木橋付近まで重複している。
○途中、鉄製のレールの破片を発見する。

東大台

 (反時計回りで)
駐車場からシオカラ谷方面へ下りきったところ〜シオカラ谷

○西大台方面(右手)からトロッコ道跡が合流し、そのまま等高線に沿って登山道と重複している。
○途中、岩盤を開削したU字状の切通しがあり、登山道はその間を通過している。 (※写真3,4)

シオカラ谷〜元木谷合流地点

○等高線に沿ってトロッコ道跡が残るが、ところどこ崩壊している。
○途中、鉄製のレールと車軸付き車輪を発見する。(※写真5,6)
○元木谷との合流箇所には、石積み護岸された広大な敷地跡が残り、製材所や木材置き場、宿舎があったと思われる。 (※写真7)

×
特別保護地区のため、許可なく登山道を外れて入山できません。

元木谷〜牛石ヶ原

○上記の製材所から、曳揚機を使って牛石ヶ原付近まで木材をリフトしたと思われ、直線上の大きなU字溝跡が見られる。 (※写真8)

牛石ヶ原南斜面

○掘削を途中で断念したと思われるトンネル跡がある。蒸籠ー付近にも同様の掘りかけたトンネル跡があり、この2つを貫通させてトロッコを通そうと計画していたようだ。 (※写真9)

牛石ヶ原南斜面〜堂倉山西斜面

○等高線に沿ってトロッコ道跡が残るが、ところどこ崩壊している。

【トロッコ道跡】
 かつて伐採木の搬出には、「木馬道(きんばみち、きんまみち)」が敷設され、木馬と呼ばれるソリのような荷台に材木を載せ丸太の上を人力で滑らせて運んでいた。しかし、大台ヶ原では、放置された鉄製のレールや車軸付き車輪がところどころで見つかっており、トロッコ道を施設して利用したと思われる。トロッコ道は等高線に沿って幅2.0mほどの道が開削され、時には固い岩盤も掘削されている。こうしたトロッコ道跡は、現在の登山道と交 差していたり重複しているところもあり、東西の大台遊歩道を歩いていると確認できる。
 これらのトロッコ道跡の断片をつないでいくと、木材の伐採箇所は西大台の中ノ谷やヤマト谷周辺にも及んでいたと考えられる。西大台には、当時の伐採を免れた天然ヒノキが見事な大径木となって残っていると聞くが、大正当時には、この付近の数多くのヒノキの銘木が搬出された ようだ。一方、「1年に400日雨が降る」と例えられる大台ヶ原の気象条件を考えた時、「並々ならぬ交通不便と稀有の天候不良に妨げられ(中略)困難と戦いながら約10年にわたり事業を続けてきたけれども」と記録に残るように、その作業や生活は多難を極めた。シオカラ谷上流の製材所跡に見られる茶碗の破片など当時の生活ゴミの断片に、そうした思いを重ねることができる。

<参考文献>
※1)重盛信近「山林探検記録」『103 大台山書類』所収、上記文献参照
※2)川端一弘「四日市製紙による大台ケ原トウヒ林伐採について 補足」『生物学史研究 no.70 2002 参照

 
西大台の七ツ池〜中ノ谷間(写真1)   駐車場からシオカラ谷方面へ下りきったところ(写真2)
 
切り通し(写真3)   シオカラ谷に到る登山道(写真4)
 
トロッコのレールと思われる(写真5)   トロッコの車輪と思われる(写真6)
 
曳揚機を使って木材を運んだと思われる跡(写真8)   掘りかけのトンネル跡(写真9)
 
場所は不特定だが、大台ケ原のものと思われ、木材の搬出に使われたトロッコがよくわかる資料(『新富士製紙百年史』より)