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ニホンジカ

偶蹄目シカ科

 

東大台(2010.JUL.)

 

天辻(2004.JUN.)
 
 
高野辻(2004.MAR.)    高野辻(2010.JUN.)

奈良公園(2006.FEB.)
 

 

 
 歩幅は80〜100cm。成体で比較すると、本州の偶蹄類の中では最も大きいため、その歩幅も大きな判断基準となる。 また、イノシシに比べて、副蹄が高い位置にあり、深い雪でないと、副蹄の跡は残らない。(※実際の足裏の画像と比較するとよくわかる。)
 右上の林道では、いったい何頭のシカが通過したのだろうか。この季節、シカの足跡には、猟師や猟犬の足跡も続く...。


高野辻(2004.MAR.)
 
@東大台(2007.AUG.)

 
 けもの道のいたるところに糞が見られ る。ウサギのものとよく見ているが、シカのは太鼓型で、ウサギのはマーブルチョコ型。カモシカのものとは見分けはつけにくいが、カモシカはため糞をする。
 右画像は、木歩道沿いに人間が用を足した小便跡。そこは、シカにとってミネラル分の補給箇所となるらしく、ミヤコザサごとシカが食んだため穴が開いた状態。


高野辻(2004.MAR.)
 


高野辻(2006.MAY.)


東大台(2007.AUG.)
   

 
 樹木の下枝の高さがそろっているのは、シカが首を伸ばして枝葉を食べたからで、これを「ブラウジングライン」と言う。夏冬問わず、樹皮をかじることが知られているが、上画像はシカの唾液の跡が生々しく、私が近づく直前まで、樹皮を食んでいたと思われる。 右画像は、キハダの樹皮をかじっているが、キハダの内皮は顔をしかめるほど苦いと言われ、胃腸和漢薬の陀羅尼助の主成分となっている。シカにも苦味健胃剤か。


@泊まり場/高野辻(2004.MAR.)
 


A角研ぎ跡/和佐又山(2004.FEB.)


B獣毛/高野辻(2004.MAR.)
 


C角/高野辻(2006.MAY.)


D獣道/大塔町引土(2003.DEC.)
 


Eぬた場/七面山(2005.AUG.)


F夏毛/東大台(2007.AUG.)

 
G冬毛/奈良公園(2006.JUN.)

 
 @平らな場所にくぼ地が見られ、すぐに強い獣臭を感じた。その場所には獣毛も見られ、どうやらニホンジカの泊り場か。A背の高さからシカの角こすり跡と思われるが、けもの道の頭上にこの木があり、ちょうど角があたる位置にある。B長さや毛色は体の場所と季節によっても違うが、5〜6pの長さで、下半分が白く、折れやすい。背中の毛は、上半分がこげ茶色で、先端近くに明るい黄土色の部分が5oほどある。C毎年春先、前年に生えた古い角が脱落し、すぐに新しい角がはえ始める。こちら3歳のオス。D地元の人に聞けば、ここではシカやイノシシをよく見かけるという。コンクリートの壁も、ここだけ切り取られていたが、やはり<けもの道>と知って のことか? E登山道脇に現れたぬた場。まだ新しい偶蹄類の足跡が無数に。FG夏毛は鹿の子模様がつくのに対して、冬毛は無斑で灰褐色となる。

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  シカと言えば、奈良公園の代名詞だが、奈良時代より春日大社の神鹿として保護されてきた。現在も、こちらのニホンジカは天然記念物で、危害を加えれば文化財保護法違反と刑罰の対象になる。
 奈良公園の飛火野や春日野には、イネ科草本であるシバやスズメノカタビラの草地が広がっている。そして、奈良公園内には1000頭を超えるシカが生息し、このシバを食むことによって芝刈り機の役割を果たしていることになる。このシバとシカの間には、互いに利益を与え合う関係にあり、相互進化をとげてきた。
 シバの茎は地中または地面近くにあって丈は低く、背の高い草本や樹木の幼木にさえぎられると光を十分に受けることができない。そこでシカなどの偶蹄類にそれらを排除させ、自らもその餌となった。そして、シバは動物による踏み付けにも強く、むしろ成長を促すという性質を発達させた。さらに、動物がむしって食べても根は簡単に抜けず、葉は先端部が失われても基部が残っていればまた伸びだし容易に回復することができるという進化を遂げた。
 シバはまたシカから肥料を与えられている。シカの大量の糞は、そこに生息する糞虫オオセンチコガネやミミズなどの小動物によって分解され、さらに土壌中の微生物によって植物が吸収できる形に還元される。ゴルフ場のシバは、除草と施肥に多大な予算と手間をかけなければならないのに対して、奈良公園では人手のほとんどかからないかつ良好なシバの状態が保たれている。
 また、シカはシバの種子の散布に大きな役割を果たしている。シバの花は、動物によって摂取される危険の少ない地中や地面の近いところで穂の全体の雛形を作り、若い花はその外側の葉の鞘部によって幾重にも保護されている。そして、その後の急速に成長して受粉・受精を行い、種子をすばやく作る。この種子は微小で堅牢なため、シカの噛み砕きやすりつぶしもくぐりぬけ、消化にも耐えて排泄されるのである。
 一方で、紀伊山地をはじめとりわけ大台ヶ原のシカの増加は、森林衰退の一因とされ問題となっている。食物連鎖のピラミッドの頂点にたつニホンオオカミが絶滅したことも大きい。また、もう1つのシカの天敵、猟師の高齢化や減少もあげられるだろう。しかし、昭和30年代のスギ・ヒノキの造林政策によって、一時的な下層植物の増加がシカの個体数が増やし、さらに、人工林が成長するにつれて、増えたニホンジカはこうした奥山に移動し、彼らの餌場を求めるようになったという人的要因もかなり大きい。
 シカ肉は、高タンパクで低脂肪、また、鉄分の含有量も非常に高いとヘルシーな肉だが、部位や処理の仕方によっては、大変固い肉である。一方、血抜き方法などを心得た熟練のハンターによって処理されたシカ肉は、とても美味しい。何年か前、山中湖へ行った折には、シカ肉カレーの看板がたくさん見られた。奈良の吉野でも、シカ肉チャーシューのラーメンをふるまうお店もある。全国で増え過ぎたシカを、なんとか地域の食文化として利用できないかという試みも始まっているようだ。

   「ニホンジカ」とは言っても日本固有種ではなく、日本列島以外に東アジア沿岸部一帯に生息する。一方で地域亜種は多く、日本国内でも、エゾシカ・ホンシュウジカ・キュウシュウジカ・マゲシカ・ヤクシカ・ケラマジカ・ツシマジカの7亜種に分類される。エゾジカの140kgに対して、ケラマジカの30kgと個体差も大きく、北方のものほど体が大きい。
 茶褐色の地色に白斑で、いわゆる“鹿の子模様”と呼ばれる「夏毛」と、無斑で灰褐色となる「冬毛」がある。オスの角は、早春に落ちすぐに袋角がはえだす。以後、成長を続け、9月頃に枯角(枝角)が完成する。枝角のない場合は満1歳、枝角が1つ(1又)の場合は満2歳、枝角が2つ(2又)の場合は満3歳以上、角が3つ(3又)の場合は満4歳以上と判断できるが、 栄養状態によることが大きく、確かな判断材料とならない。
  母子からなる母系集団と母親から独立したゆるいオス集団に分かれて生活する。発情期は秋を中心に約1ヶ月間で、1頭のオスと数頭のメスからなる交尾集団ができる。メスの妊娠期間は210〜230日間で、翌年の5月下旬〜7月上旬にふつう1頭生む。 妊娠率は栄養状態によるところが大きく、大台ケ原のシカは餌が豊富にあって90〜100%の妊娠率に対して、奈良公園のシカは餌不足で妊娠率は低くなる。
 北・本・四・九