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ブナの成り年現象(マスティング)


西大台

 「ブナは57年に一度成り年があり、広い範囲で同調する。そして、その間ほとんど結実しない凶作や並作が続く。」と言われているが、このような現象を「種子生産の豊凶」「成り年現象」あるいは英語そのままに「マスティング(masting)」などと呼んでいる。この現象はブナの繁殖戦略の1つと考えられ、その要因として「捕食者飽和仮説」と「受粉効率仮説」とが有力である。
 このことについて、興味深い論文を見つけたので、私なりに読み解いてみた。以下、そのまとめです。

ブナ種子の豊凶状況調査(東北森林管理局指導普及科調べ)

 
  2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
青森県 豊作 皆無 凶作 皆無 並作 凶作 凶作 凶作
岩手県 豊作 皆無 凶作 凶作 皆無 豊作 凶作 凶作 凶作
宮城県 豊作 皆無 凶作 皆無 並作 豊作 凶作 凶作 凶作
秋田県 豊作 皆無 凶作 凶作 凶作 並作 凶作 凶作 凶作
山形県 豊作 凶作 凶作 凶作 凶作

豊作

凶作 凶作 凶作

 

豊作:殆どの木に結実が見られる 並作:約半数の木に結実が見られる
凶作:一部の木に結実が見られる 皆無:全く結実が見られない

【引用文献】
ブナにおけるマスティング の適応的意義とそのメカニズム』北海道林業試験場研究報告 46 (今博計 2009
ブナ種子の豊凶と種子食性昆虫(捕食者飽食仮説) 鎌田直人の研究紹介02 (Webpage)


 1.マスティングの目的
【捕食者飽和仮説】

 不作年に種子食性昆虫の密度を低下させ、翌年の豊作年に捕食者が食べきれないほどの花(種子)を生産して、種子の生存率を高めるのである。種子の虫害率は、開花数が前年に比べて増えると低くなることが報告されており、ブナのマスティングは種子捕食を回避するために進化した現象であると考えられている。昆虫による食害率は全種子の90%を越えることもあるとされ、ブナの場合、ナナスジナミシャク、ブナヒメシンクイ、ブナメムシガ、ブナキバガ、ブナミタマバエなどがブナの種子食スペシャリストである。
 ブナヒメシンクイは蛹で落葉層中で越冬するため、積雪がなくならないと羽化できない。したがって、ブナの開葉時期と消雪時期の相対的な関係で、群集中に占めるブナヒメシンクイの割合が変化しているのではないかと考えられ、これを「積雪傾度仮説」と呼んでいる(鎌田直人
2001)。したがって、雪の少ない場所では、ブナヒメシンクイやブナキバガ、ブナミタマバエなど、蛹越冬型の昆虫の出現時期が、早くなり優占種となる。

ブナヒメシンクイの摂食跡→

ブナの種子食スペシャリスト

北海道
南西部
東北 関東 関西 食痕の特徴 羽化の特徴
ナナスジナミシャク
シャクガ科
 

 殻斗の内部が黒く変色し、虫糞が残る。

 成虫が夏から秋に出現、冬芽付近に産卵し、卵で越冬し春に孵化した幼虫が殻斗や葉を摂食する。その一方で、孵化した幼虫は雌花を探して歩かなければならず、鱗翅目幼虫にとって、みずから歩いて餌を探すことは、リスクが高いと考えられる。
 ナナスジナミシャクの幼虫の摂食時期は、主要な種子食性昆虫の中で最も早く、他種に先駆けて種子を利用できる。

ブナメムシガ      

 殻斗の柄に孔が残り、ストロー状になる。

ブナヒメシンクイ
(ハマキガ科)

 果皮を残し内部だけが摂食される。殻斗内の2つの種子の接合面に、幼虫が移動した際に開けた直径1mmほどの穴が見える。

 蛹が落葉層で越冬し、春に孵化した成虫が交尾を行い、ブナの殻斗に産卵後、孵化した幼虫が種子を摂食する。開花後に移動能力の高い成虫が羽化し、殻斗を探索して産卵できる利点がある。
 ブナヒメシンクイはブナキバガなどよりも摂食時期が最も早い。
 

ブナキバガ        

 種子の稜部に孔が残る。

ブナミタマバエ      

 果皮の内側に白い米粒状の繭が付く。シイナ状(中身がない)を呈する。

 1年以上の長期休眠の性質をもち、羽化年をばらつかせる生活史戦略をもつため、餌資源の年変動の影響が少ない。


【受粉効率仮説】

 同調して開花することで、受粉効率が向上し結果率(花の数に対する果実の数の比率)が高くなるという利点が得られるという考え方である。風媒花植物で自家不和合性の強いブナは、周囲の個体と同調して開花することにより、受粉率を高めることができる。受粉効率仮説は「風媒仮説」とも呼ばれるが、これは豊凶を示す植物に風媒のものが多いことと、風媒花植物では、しばしば開花量や受粉量が高いと結果率が高くなるからである。
 「捕食者飽和仮説」と「受粉効率仮説」は複合的に作用しているとも考えられるが、どちらかと言えば「捕食者飽和仮説」によってもたらされる効果の方が有効であるとされている。


2.マスティングの年変動と同調の因子
【資源要因説】

 植物はある年に花や種子を大量生産するため、積極的な資源の年次配分を行っているとされる。大量の種子生産には多くの資源が必要なため、豊作年と豊作年の間の凶作年の資源の蓄積を行っており、蓄えた資源を豊作年に投資していると考えられる。ブナの場合も、枯渇した資源の回復には1年以上を要するとされ、ブナの開花数の年変動は、体内の貯蓄資源量の変動によって引き起こされると考えられている。

    北海道南西部のブナ(雌雄異花同株)
4月下〜5月中 開葉に先立って開花
6月下〜7月中 受精
9月下     胚完成
9月下〜
11月下 成熟した種子の落下

 【気象要因説】
 
北海道林業試験場研究報告bS6(今博計 2009)によると、ブナの開花数は、開花前年の4月下旬、5月上旬、5月中旬の最低気温と高い負の相関があり、4月下旬〜5月中旬の最低気温がブナの花芽分化と関係していることが分かった。その結果、「4月下旬〜5月中旬の気温条件がブナの繁殖休止の“合図”となっており、最低気温が平年の約1℃以上高いと、翌年の開花が抑制されると報告されている。

 以上、この考察は北海道南西部での調査によって得られたデータを基にしたものである。「気温」が同調の“合図”であるとして、時期や最低気温など他の条件については、はたして本州など他の地域でもあてはまるかどうか確かめる必要がある。そして、このような関係が、地域ごとに明らかになった時、この結実予測により、自然落下種子を利用したブナ林の再生や、ツキノワグマやヒグマなどブナの種子を主な餌として生きている野生生物の保護・管理に応用することができるだろう。


7月中旬(東大台)