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オキナワウラジロガシ探しの旅

日本一のオキナワウラジロガシ(国頭村安田)

【やんばる(山原)の森】
 やんばるの森はブナ科のイタジイ(スダジイ)が優先する亜熱帯性照葉樹林。酸性の粘性赤土である国頭マージという土壌が広がり、イタジイを主構成樹(約70%)として、タブノキ、ホルトノキ、マテバシイ、ヤマモモ、イジュなどの高木が林冠をなす。また、林縁には大きな葉痕が特徴のヒカゲヘゴ。この木は恐竜時代を連想させるようなシダの仲間でいかにも亜熱帯っぽい。目の高さにはクチナシ、カクレミノ、モッコクなど、本州では庭木としてよく見かける木が自生し、フヨウが白い花を咲かせている(10月中旬)。実は、亜熱帯性照葉樹林は常緑樹ばかりと思いきや、意外にもエゴノキ、ハンノキ、ハゼ、サクラなどの落葉広葉樹も混じっていた。
 やんばるの森は手つかずの原生林のように見えるが、琉球王朝のころ一度伐られており、以後、針葉樹のリュウキュウマツや広葉樹のイジュ、イスノキ、クスノキなどが植えられ、建築材やパルプ材として利用されてきたそうだ。したがって、現在のやんばるは2次林で、その後育ったイタジイたちは若く、車道から近いところではなかなか大木に出会えない。まして、旧首里城など琉球王朝の建築物にも材としても重宝されたオキナワウラジロガシは、やんばるの深い森の中で、目を免れたものだけが大木となって生き延びている。

【やんばるの森林インストラクター】
 そのオキナワウラジロガシとの出会いを目的とした私は、今回、名護市在住の森林インストラクター上野和昌さんにガイドをお願いした。上野さんは、国頭村森林組合に20年勤務された後脱サラ、現在、やんばる自然館を主宰してガイドや森林調査などを生業としている。海人(うみんちゅ)が多い沖縄において、数少ないするやんばるの山人(やまんちゅ)であられる。
 やんばるの森は、オキナワウラジロガシやイタジイよりも、天然記念物ヤンバルクイナという野鳥の方が有名だ。上野さんは、車を運転しながら車道の脇に潜むヤンバルクイナを目聡く見つけ教えてくれるが、私の視界にはなかなか入ってこない。しかし、森の中を歩けば、ヤンバルヤマナメクジやキノボリトカゲ、オキナワシリケンイモリなどの小動物が、私たちを出迎えてくれた。現在、環境省・沖縄県によって、大宜味村塩屋〜東村福地ダムにかけてマングースの北上を防止する柵を設置され、伊武岳登山道沿いにもマングース捕獲のための罠がたくさん見られる。こうした取り組みによって、マングースも徐々に数を減らし、本来やんばるの森に生息するヤンバルクイナをはじめ先の小動物たちが数を増やしつつあるそうだ。

 
伊武岳   イタジイを主構成樹とするやんばるの森

【伊武岳山麓(国頭村安田)】
 この日、目指したのは、伊武岳山腹にあるオキナワウラジロガシの大木。幹回り7.6m、樹高22m、樹齢は280年〜300年と推定され、全国巨樹・巨木林の会が日本一と認定している。普久川ダムを経て県道70号線沿いの伊武岳登山口で車をおき、そこから1時間程森の中を歩く。伊武岳(標高352m)までの登山ルートはしっかりしているが、目的の樫の木へは、途中、枝分かれの道をとるため、迷う人も多いらしい。そのため、地元消防団が標識を数ヶ所に設置してくれている。
 さて、日本一のオキナワウラジロガシは、板根(ばんこん)を16方位にはりめぐらし、小さな沢を見下ろすように鎮座していた。熱帯地域は、分解が早いため表土が浅く、根を地中深くまで突き刺すことができない。国頭マージも表土の薄い赤土ゆえ、地中の根だけで支えきれなくなった大木は、板のように縦方向に根を発達させ自らを支えている。イタジイの大木も、同様に板根を形成する。
 2012年、台風16号・17号が、9月中に立て続けに沖縄本島に上陸、とりわけ17号は沖縄本島に大きな被害をもたらした。比地の大滝付近にもオキナワウラジロガシの大木があるそうだが、台風の被害でこの時は通行止めとなっていた。そうした影響に加え、どんぐりにはそもそも成り年と不成り年がある。さらに、私の入山1週間前には、バスで来られた団

体客もいたようで、オキナワウラジロガシの数少ないメジャースポットには、人々が集中する。「今回は、拾えないかもしれませんよ」と、下見までしてくださった上野さんには、早々に念をおされていた。しかし、オキナワウラジロガシの木にこの目で触れ、どんな環境に育っているのか、それが確認できるだけでもよしと、私の決意は固かった。案の定、この日も私たちの前に先客がいて、なんとか見つけたと2つのどんぐりを見せてくれた。早い時期に落としたと思われる未成熟のもので、すでに炭化状態になっていたが、これが最後の2個かもしれないと写真を撮らせてもらった。
 さて、かれこれ小一時間、この森の空気を目一杯吸い込みながらこの地に留まったが、収穫の方は先の方と同じような内容であった。一方で、イタジイ(スダジイ)のどんぐりも幾つか拾った。近畿地方周辺では、海岸部にスダジイ、内陸部にコジイ(ツブラジイ)が分布し、スダジイの方が細長い堅果をつける。しかし、この場所で拾ったものは、意外にまん丸く、むしろコジイっぽいものだった。拾ったシイの実の多くは、堅果が半分に割れ中身がない。ガイドの上野さんによると、ケナガネズミの食痕ではないかということだった。

 「康介さん手ぶらで帰らすわけにはいかないぞ」という言葉が、ロンドンオリンピックでは有名になったが、ガイドの上野さんもその道のプライドに掛けて、そうつぶやいたのかもしれない。いや、奈良から来た鹿男を、気の毒に思って下さったのだろう。「もう一ヶ所寄ってみましょう。」やんばるの森を知り尽くした上野さんにとってのプライベート・ツリーなのだろう。その言葉の数時間後には、夢にまで見たオキナワウラジロガシのどんぐりが、私のジグソーパズルの最後のワンピースとなって完成することになる。遠くには名護岳がその頂をのぞかせていた。


キノボリトカゲ

オキナワウラジロガシ

【沖縄のどんぐり事情】
 沖縄本島で自生するブナ科の植物は、表の6種とされているが、身近にどんぐりの採れる種となると、マテバシイ、イタジイ、オキナワウラジロガシ、アマミアラカシの4種である。しかも、前述のようにどんぐりの落とすオキナワウラジロガシの成木は、人里近くにはあまり見られない。また、多くのブナ科が酸性の粘性赤土土壌「国頭マージ」を好むのに対して、アマミアラカシは弱アルカリ性の石灰岩土壌「島尻マージ」にのみ育つため、沖縄本島では、漢那ヨリアゲの森(宜野座村)やシイナグスク周辺(今帰仁村)など自生地は限定的だ。
 さらに、食用にもなるシイの実を狭義の「どんぐり」から除けば、沖縄の子供たちが身近に拾うことのできるどんぐりは「マテバシイ」のみとなる。「マテバシイ」は、読谷村以南の島尻マージ土壌や那覇周辺のジャーガル土壌(泥灰岩の風化土壌)では育ちにくいから、南部の小学生はどんぐりを見たことも拾ったもないかもしれない。すると園児や小学生低学年の子どもたちが容易にどんぐりを拾いに行くことのできる場所は、中・北部の公園化されたところで、そこにはおのずと人が集中する。実際、県民の森(恩納村)にマテバシイの群落があるということで行ってみたが、1個しか拾えなかった。台風17号の被害に加え、数日前に近隣の園児たちが集団でどんぐり集めに来たこと、県民の森主催の“マテバシイでクラフトづくり”というイベントのためにすでに集められたということも、その遠因の1つらしい。なんと厳しく過当などんぐり拾い市場なことだ。

本島のブナ科 土壌・分布 特  徴  主な所在地
オキナワ
ウラジロガシ

○国頭マージ
(酸性の粘性赤土)
○谷沿い

○沖縄本島の新緑は2月だが、オキナワウラジロガシが 最初に芽吹くので、目印となる。
○堅果落下期:10月中旬
○シロアリに強いので、旧首里城の柱やサバニの櫂に使用。

○比地大滝(国頭村)
○伊武岳(国頭村安田)

イタジイ
(スダジイ)

○国頭マージ
(酸性の粘性赤土)

○ヤンバルの主構成樹(約70%)
○開花期:2月下旬
○堅果落下期:10月下旬
○材としては腐り安く、立木にはよく洞が見られる。

○やんばる全域
マテバシイ

○国頭マージ
(酸性の粘性赤土)
○尾根筋

○堅果落下期:10月初旬

○やんばる全域
○県民の森(恩納村)など

アマミアラカシ

○島尻マージ
(弱アルカリ性の隆起サンゴ礁石灰岩土壌)

 

○漢那ヨリアゲの森緑地公園
 (宜野座村)
○シイナグスク周辺
 (今帰仁村呉我山)

ウバメガシ

○国頭マージ
(酸性の粘性赤土)

○伊平屋島・伊是名島の離島に自生地
○許田(名護市)のウバメガシは分布の南限地とされ、沖縄本島ではほとんど自生は知られていない。

○許田のウバメガシ(名護市)
○アカラ御嶽のウバメガシおよびリュウキュウマツ等の植物群落
 (伊是名島)

ウラジロガシ

○国頭マージ
(酸性の粘性赤土)